非実在青少年規制より怖い出版社の変わる自主規制

2010.06.21

藤子・F・不二雄大全集 パーマン
 
表現の自由と出版の責任の間の溝は深いようで。。

下の画像は1979年の初版のパーマン。
 
パーマン 初版
 
それが2003年に発売されたてんとう虫コミックスの
パーマン第1巻ではこんな感じになっていました。
 
パーマン 改訂
パーマンの名前の由来が。。これじゃ分からない。。
スーパーマンは商標がらみの自主規制だったようです。
藤子・F・不二雄大全集ではスーパーマンの部分は元に戻っています。
  
 
正体が知れたら「脳細胞破壊銃でクルクルパーに」
という表現も「動物に」と変わっていました。
 
パーマン 脳細胞破壊銃
(上が初版。下が改訂版※藤子・F・不二雄大全集でもそのまま)
 
パーマンはスーパーマンから文字を削って
「パー」になっちゃうのがいいのになぁ。。
 
 
改訂されたことで意味が不明になったところも。。
 
パーマン クルクルパー
(上が初版。下が改訂版)
どうやって「よわむし」と伝えたんでしょうねぇ。
(画像は藤子・F・不二雄総合スレまとめ 第一回配本より)
 
 
ドラえもんの自主規制をまとめたものなどを読んでいると
差別発言を軸にかなり自粛されている感じ。
 
確かに子どもの読むものなので規制するのは分かるのですが
じゃあ、80年代に子どもだった人には
その表現で良かったということでしょうか。。

 
 
漫画家の木城ゆきとが自身の日記で、
出版社の自主規制について書いていました。
 
銃夢の新装版を出すにあたり、通常版で使っていた
発狂という言葉を狂気という言葉に変更して欲しい。
できないのであれば出版はしないということで。。。
 
結局しぶしぶながら修正に同意したようですが

しかし修正に同意してからも悶々と悩む日が続き、現在は後悔しています…。
やはり修正要求は毅然とはねつけるべきではなかったかと。(中略)
俺はプロとして期日を守ることを優先したが、表現者としては純粋ではなかったのではないかと。
俺が自分の作品の表現を守らなかったら、いったい誰がそれを守ってくれるのかと。
(きまぐれゆきと帳 10.06.14)

と後悔した胸の内をつづっていたのが印象的でした。
 
最初からこの表現はダメだということならばまだしも
最初は問題なく出版しておいて
後からダメになったから変えてほしいっていうのでは
著者からみたらたまらないでしょうね。
 
 
出版社には「規制された」「抗議された」という理由でなく
文化を担うという大きな責任を背負って、
一貫性のある自主規制をしてほしいと思います。
 
 
パーマン 1(藤子・F・不二雄大全集)
パーマン 1(藤子・F・不二雄大全集)

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