奈良美智がわかってもらいたいこと

2009.03.15

ora090315_31
 
ちょっと前に奈良美智の落書きの事件が報じられ、私もここで2回に分けてとりあげました。そのうちまた詳細を書くということだったので、先ほどホームページを覗いてきたのですが。。。

分かって欲しいために、理解して欲しいために苦労している。そんな印象を受けました。
 
 
追記1より抜粋

10日の文章は、客観的に事実を書こうとしたものと、してしまったことにたいしての反省とが混ざり合っていますね。
今日(正確には昨日)ネットで検索していろいろな意見をみることができました。
それは非常に辛い作業であったのですが、可能な限り読みました。
反省していることを前提に事実をつけくわえます。
(中略)
僕はけっして自分を正当化しようなどと思ってはいないし、悪いことをしたと思っています。
それに対する反省と、事件の報道でいろんな人に迷惑をかけたという反省があります。
ただ、その報道がすべて正確に行われていなかったことを説明したいだけです。
文章にしても、肉声でもですが、ちゃんと伝えたいことが伝わるわけではないし、こうして書いていることに対しても不快に思う人もおられるでしょう。
こうして書かずにしばらく静かにしていれば、まわりで起こっていることは収まっていくのかもしれませんが、こうして書くのも今回のことを受け止めることだと思っています。

表現者の苦悩という言い方が正しいのか、彼があまりにもイノセントなのか、文章を読めば読むほどわけが分からなくなってきます。彼の頭の中では、罪を犯してしまってもうしわけないという気持ちと、報道されているほど大変なことをやったわけではないという気持ちが揺れ動いているのが見えるようで、苦しいですねぇ。

例えばですが、万引きをしてしまった。それは100円のお菓子だったけど、報道では1万円と報道されていたので、ほんとは100円なんだということを分かって欲しくてブログに書いている。そんな感じ。
 
 
追記2より抜粋

今回の日本での報道は10日にも書きましたが、すべてアート・イン・アメリカという雑誌のWeb記事がもとになっています。
数行のWeb記事を、新聞や通信社がそのまま当たり前のように報道し、それをそのまま信じられていくことに疑問をもったのです。
自分の過ちを認め、反省もしながらも自分なりに事実を伝えたかったのですが、あまりうまく伝えることはできなかったように思います。
『落書きは手のひら大』にしても具体的な大きさを示したかっただけで、小さいから許されるとか、そのようなつもりはなく、よりわかりやすくしようと思っただけです。

僕は母国で正義と道徳の下に非難されることを受け入れています。
アメリカでは無罪放免ではあったけれども、日本でその罰を受けているのだと思っています。
ただ報道の在り方に疑問をもったことで、こうして書いたということをわかってほしかったのです。

今回の騒動で彼が言いたかったことはここにありました。追記を2回繰り返し、やっとここにたどりつくわけです。

報道のあり方に疑問をもったことで、こうして書いた

ただこれだけのために、彼は遠回りし、道に迷い、ネガティブなイメージまで与えながら書き続けてきたわけです。

うーん、私には一回目、二回目では伝わらなかった。さっきも万引きを例に書いたように「落書きしてゴメン。でも落書きは小さかったし、すぐ消したし、アメリカで罪にとらわれたわけじゃなく、ちょっと拘留所に入っていただけだから。。みんなが思っているようないかにも犯罪っていうやつとはちがうから。。」そんな風にしか聞こえませんでした。

それにしても、自分の作品を批判されたりすることには慣れているだろうに、どうしてこの件に関してだけは、距離を置いて冷静に対処できなかったのかなぁ。ここまで書くぐらいなら、新聞各社に自分の意見をぶつけるべきで、事実と異なるという理由で記事を削除してもらう、訂正記事を書かせる、もしくは名誉毀損で訴えるなど、きちんと向くべき方向に向かって声に出す方が大切なんじゃないかと思います。
 
 
おまけ
個人的に気になっていた彼が問われた4つの罪は「警官への抵抗」「落書き」「犯罪的いたずら」「落書き用具の所有と公共物(壁)破損」だったとのことです。
 
(写真は「深い深い水たまり」より)
 

関連してるかもしれない記事

Pocket