被災地へ医療スタッフとして行ってきた普通の女の子の日記

2011.03.29

陸前高田市
 
未曾有の災害を引き起こした東日本大震災。

そこへとある病院の災害対策支援医療チームの一員として派遣されたある女の子の日記が話題を呼んでいます。
 

想像以上に現場は壮絶。甘い考えやボランティア精神の人はここでリタイアしてください。
現場ではどんな状況下においても絶対に泣かないこと。
私達は同情しに行くんじゃない。看護、医療を提供しに行く。
あなたたちが泣きたい気持ちなんかより現地の方々はどんなに泣きたいか。
こんなに裕福な東京医療チームの涙なんて現地の人には迷惑や嫌味だからね

そんなリーダーナースからの言葉に気落ちしながらも、自分にも何か出来るんじゃないかと彼女は陸前高田市に旅立ちました。震災から5日目、3月16日のことでした。
 
 
陸前高田市(りくぜんたかたし)は、岩手県の南東部に位置する人口2万3000人ぐらいの街。
陸前高田市
 
はじめてその街に足を踏み入れた彼女の感想が印象的です。

陸前高田に降り立ったときの印象はぬかるんだ地面と瓦礫の山。
津波の被害で壊滅的の場所です。
本当に何もなくて残っている建物も廃墟と化していました。
5階建てマンションの5階にまで泥や船の備品が突き刺さっていて何度も目を疑いました。

そして一歩二歩歩くごとに赤い旗がヒラヒラ揺らいでいる。
しかも数えきれないおびただしい数の旗。

「この赤い旗は遺体が見つかった場所に立てられています」

正直つらかったです。

映されない、テレビで流せない現状をこの目で見てきましたがそれはもう地獄でした。

案内されている隣で
自衛隊の方が瓦礫や木材をどかすと泥だらけになった遺体が必ず出てきて。

この光景は一生忘れないし忘れてはいけないと思う。

 
 
インフルエンザが流行し始める避難所。物資が届かないため、生米を食べて胃腸炎を起こす人たち。震災から不眠不休で働く現地の医療機関。一万個、一万本、一万枚という単位で持ってきても足りない点滴、薬、包帯、湿布、オムツ、ナプキン、ガーゼ。。。。
 
彼女の日記に書かれた震災の現場は、私が思っていた以上に深刻で、テレビからは伝わってこないものばかり。
 
毎日のように亡くなっていく人たち、重機で建物をどけると現れる遺体。生存者がいたときのために救急セットを用意していても、ただ立ち尽くすしかなかった彼女たちの無念さがひしひしと伝ってきました。
 
 

朝からずっと走り回っていて気が付くと夜中の3時、4時ってのを毎日繰り返し。

 
本当に本当にお疲れ様でした。こうやって実際に現地で働かれた方にはほんと頭が下がります。
 
現地に行けない人は「こういうことが実際にあったんだということを忘れないこと」が大事だなと思いました。
 
 
最後になりましたが、東日本の大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災された方にお見舞いを申し上げます。
 
 
引用元:JKTS
引用するにあたり、一部改行を変更している箇所があります。
写真は彼女が滞在した陸前高田市(アジア航測防災関連情報より)

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