Googleロゴ「平塚らいてう」

2014.02.10

平塚らいてう 生誕 128 周年

2月10日は思想家で作家の平塚らいてうの誕生日。Googleロゴも平塚らいてうでした。

1886年2月10日東京府東京市麹町区(現・東京都千代田区五番町)で生まれた平塚明(はる)。明治政府の高級官吏を務める父と田安徳川家お抱え医師の家に生まれた母、姉2人、父の妹や祖母、使用人の乳母と女中の8人の家庭に育ちました。

12歳から父の意志で国粋主義のモデル校だった東京女子高等師範学校附属高等女学校へ。教育方針に反発し、修身の授業をサボる「海賊組」を組織したりしながら、苦痛の学生生活を送りました。

17歳のときには自らの希望で日本女子大学校家政学部へ。入学したものの、日露戦争の影響もあって変わりゆく大学の方向性に馴染めず、宗教や哲学、禅などに傾倒していきました。

 
日本女子大学校を卒業後、22歳のときに文学講座で出会った森田草平と恋に。2人はイタリア人作家ダヌンチオの小説「死の勝利」の強い影響もあって栃木県・塩原温泉で心中未遂事件(塩原事件・煤煙事件)を起こしました。

事件は新聞各紙で面白おかしく取り上げられ、平塚明は一躍時の人に。このころから性差別や女性の自我の解放に興味を持つようになっていったようです。

 
25歳のときには母が結婚資金にと貯めていたお金をもとに日本初の女性向け文芸誌「青鞜」を創刊。

青鞜 創刊号
創刊号の表紙は高村光太郎の「智恵子抄」で有名な高村智恵子(当時は長沼智恵)。

「青鞜」の名は当時ロンドンの女性たちが青靴下を履いて女性の権利を求めた「ブルー・ストッキング」運動にちなんだもので、創刊号に平塚明が平塚らいてうの名で発表した「元始女性は太陽であつた。――青鞜発刊に際して」という創刊の文章は、大きな反響を巻き起こしました。

 

Googleロゴはその平塚らいてうと本人と彼女が創刊した青鞜がモチーフ。青い色で描かれた創刊号を手にした平塚らいてうと青鞜を読む多くの女性たちが描かれています。

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