村上春樹「1Q84」を読む前に知りたい本当の1984

2009.06.18

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ネタバレなどはありませんので、安心してお読みください。

あっという間に100万部を突破した村上春樹の「1Q84」。
その舞台は当然1984年なわけですが、
1984年ってどんな年だっけ?と思い出そうとしても
曖昧でなんとなくしか思い出せません。
 
というわけで、何があって、何がなくって、何が流行ってて、
1984がどんな年だったのかをざっくりとまとめてみました。
 
 
 
バブルへ向かう80年代前半
 
ドラえもんとかガンダムとか金八先生とかが放送され、
ジョンレノンが殺された1980年。
 
ひょうきん族が始まり、千代の富士が横綱になり、
寺尾聰の「ルビーの指環」がヒットした1981年。
 
ホテルニュージャパン火災、ジェット機逆噴射と
大きな事故がつづいた1982年。
 
東京ディズニーランドがオープンし、ファミコンが発売、
大韓航空機が撃墜され、三宅島が大噴火した1983年。
 
石油ショックから立ち直りながら、
日本はバブルへ向かって走るスピードをあげていきます。
 
そして小説の舞台、1984年はやってきました。
 
 
 
デジタル時代到来の足音が聞こえはじめる
 
PC8000シリーズやMSXがマイコンと呼ばれ
ファミコンが一気に普及していきました。
マリオはマリオブラザーズのみで、横スクロールの
スーパーマリオブラザーズの発売は翌年でした。
 
ビデオデッキはベータの負けが決定的となり
ソニーが「ベータマックスはなくなるの?」と
自虐的な広告で巻き返しを図るも失敗。
 
CDがレコードにとってかわり、
ポータブルCDプレイヤー「ディスクマン」が
大ヒットしています。
 
まだ家庭用コードレス電話機は発売されておらず、
テレフォンカードが普及したのもこのあたりです。
 
 
 
交通網の整備はまだまだこれからでした
 
ベイブリッジもレインボーブリッジも、
アクアラインもまだありません。
青函トンネルもなければ、瀬戸大橋もありませんでした。
 
JRはまだ国鉄と呼ばれており、
山手線は全体が緑、中央線も全体がオレンジの車両。
新幹線はまだ0系が走っているだけで、
東北新幹線や上越新幹線は大宮発着でした。
 
 
 
テレビと映画が世の中を作っていた
 
平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という記録を作った
「おしん」の放送が終了したのが84年の3月。
 
テレビではエリマキトカゲが走り(三菱ミラージュCM)、
私はコレで会社を辞めましたとサラリーマンが
小指を立てていました(禁煙パイポCM)
 
歌番組ザ・ベストテン、ザ・トップテンが大人気で
わらべ「もしも明日が…。」
安全地帯「ワインレッドの心 」
松田聖子「Rock’n Rouge 」
中森明菜「十戒」
チェッカーズ「涙のリクエスト」
と歌謡曲が大ヒット。
 
洋楽ではスリラーとフットルースがヒットしています。
 
 
またたくさんの映画が公開され、
洋画では「インディージョーンズ魔宮の伝説」
「フットルース」「ゴーストバスターズ」「グレムリン」
 
邦画では「里見八犬伝」「メインテーマ」「愛情物語」、
アニメの「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」
「風の谷のナウシカ」「マクロスー愛覚えていますか」
なんかもこの年の公開です。
 
 
 
1984年に世間をにぎわせた主な出来事
 
・日経平均が初の1万円超え(1月) 
・週刊文春で「疑惑の銃弾」連載開始(1月)
・サラエボオリンピック(2月)
・植村直己がマッキンリーからの下山中に帰らぬ人に(2月)
・江崎グリコ・森永事件(3月)かい人21面相登場
・ロサンゼルスオリンピック(7月ー8月)
 陸上:カールルイス、柔道:山下、
 体操:具志堅、森末が活躍
・新札発行(11月)
 一万円:福沢諭吉、五千円:新渡戸稲造、千円:夏目漱石
・第1回新語・流行語大賞
 「まるきん まるび」「くれない族」「疑惑」「教官!」など
 
 
ちなみに作者、村上春樹はこのころに
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を執筆、
「回転木馬のデッド・ヒート」としてまとめられた
一連の短編もこの年に発表されています。
 
個人的にはこのあたりの村上春樹が一番好きですねぇ。
 
 
 
とまあそんな感じでざっくりと1984年へトリップ
皆様が1Q84を読む時の参考になれば幸いです。
 
 
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1Q84(1)
1Q84(2)

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