村上春樹「1Q84」読書の終わりとハードボイルドワンダーランド

2009.06.23

ora090531_21
 
後ろへ行けば行くほどもっともっと読みたくなって
結局、予定 より少し早く読了しました。

ここから先はネタバレも含みますので、
読んでなくって、これから読むという方はご注意ください。
 
 
 
多人数のいろんな物語が複雑に絡み合う1Q84
 
私にとって村上春樹は「僕」や「彼女」の物語でした。
その他の登場人物だって「鼠」だったり「羊男」だったり
「博士」だったり「太った娘」であって、特定の誰かではなく
曖昧な誰かでした。
 
これがすこしづつ変化してきたのは
長編でいうとノルウェーの森あたりだったかな。
「直子」や「キズキ」、「緑」と
肉付けのしっかりした登場人物が出て来て、
すこしづつ物語は複雑さを見せてきたころです。
 
まあ、それでも一人称の「僕」の物語ではあったわけですが。。
 
今回の1Q84ではその部分で大きく異なります。
 
語られるのは天吾と青豆二人の物語。
そこにたくさんの登場人物が複雑に絡まり合い
二つの物語が語られていくのです。
 
 
 
一人の人間は軽くなり、物語の芯が浮かび上がる
 
1Q84は登場人物が多く、主役の二人以外を語れば語るほど
主役の二人の人間描写は減っていきます。
 
そのかわり、物語の芯をいろんな角度から語ったことで
その根幹はより鮮明になり、
いつもの村上春樹じゃないみたいに直接的です。。
 
そういう意味では一人を徹底的に深く描きながらも
物語本体を曖昧な表現でぼかして個人にゆだねた
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
いろんな意味で対をなす物語という印象です。
 
 
 
説明しなくてはわからないということは、
説明してもわからないということだ

 
天吾の父親の口から語られるこの言葉が
この本の感想を書く上で
すべてを物語っているのかもしれません。
 
たぶん書評や、いろんな人のブログで、
この1Q84の解釈についてあれこれ書かれているでしょう。
でもそれはあくまでもその人の解釈です。 
 
 
私が「風の歌を聴け」を本当にわかったと思えたのが
村上春樹がその物語を書いた30歳のころ。
 
20代でいろんな春樹論を読んで理解したつもりの物語が
自分が30になったとたんに、本当にあっさりと
心の中にストンと物語が落ちていくようにわかったときは
理解するってなんだろうと不思議な気分になったものでした。
 
そしてそれ以降、村上春樹が書いた年に
書いたものを読んでわかったとおもえるかどうかが
自分と村上春樹とのちょっとした対決です(笑)
 

・風の歌を聴け (30歳)
・1973年のピンボール (31歳)
・羊をめぐる冒険 (33歳)
・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド (36歳)
・ノルウェイの森 (38歳)
・ダンス・ダンス・ダンス (39歳)
・国境の南、太陽の西 (43歳)
・ねじまき鳥クロニクル (43歳〜46歳)
・スプートニクの恋人 (50歳)
・海辺のカフカ (53歳)
・アフターダーク (55歳)
・1Q84 (60歳)
(年齢は発表年のもの)

 
もちろん、人と人とが完全に分かりあえるはずもないし
バックボーンが違うのだから想像でしかないわけですが。。
 
それでも自分の中にストンとその物語が落ちていけば、
私もまたすこしづつ成長出来ているんだなぁと
妙な安堵感を覚えるのです。
 
 
そう思うと私が60歳になったときに、
私はどんな気持ちでこの1Q84を読み返すことになるのか、
このつたない自分の感想を振り返るのか。。。
 
楽しみであり、ちょっと怖くもありますねぇ。
 
どうぞ皆さんもそれぞれの楽しみ方で
村上春樹をご堪能ください。
 
 
ora090422_32
1Q84(1)
1Q84(2)
 
 
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