文化の日と明治天皇の誕生日が一緒の理由

2009.11.03

ora090410_21
 
どうしてそうなったのか、ちょっと調べてみました。

1852年11月3日に生まれた明治天皇の誕生日は
1868年から1911年まで天長節として祝日に、
1927年には明治節(祝日)となり四大節の一つとされました。
 
四大節
・四方拝(1月1日)新年
・紀元節(2月11日)神武天皇の即位日
・天長節(今上天皇の誕生日)
・明治節(11月3日)明治天皇誕生日
 
 
さて、一方「文化の日」は日本国憲法の公布日に由来。
日本国憲法が平和と文化を重視していることから
この日を文化の日と定めているのですが。。
 
当時の首相、吉田茂は憲法制定のスケジュールを
8月11日公布、2月11日(紀元節)施行と考えていましたが
日程が間に合わなかったため、
11月3日(明治節)公布、5月3日施行に変更。
 
吉田茂は、なにがなんでも四大節を絡めたかったようです。
 
 
そして11月3日を憲法記念日にと画策したものの、
軍国主義の復活を恐れる連合国に反対され、
憲法記念日は施行日の5月3日になりました。
 
ただ明治節を残したいという思惑は強く、
發明祭や科學祭という形で残してどうかと議論され、
結果的に文化の日として残すことになったようです。
 

 明治節は国家の大切な行事とされ、「四大節」の一つに数えられ、また戦後になっても11月3日は「文化の日」としてお祝いされているのです。
 今ではもう日本にしか存在しない、しかも1300年以上も続いている元号の伝統と、近代日本の礎をお築きになられた明治天皇の御遺徳を偲ぶ意味でも、11月3日の明治節の精神を永久に子々孫々へ伝えていきたいものです。
(明治神宮Q&Aより)

 
元旦、建国記念日、天皇誕生日、文化の日。
名前を変えて今も四大節を祝っているというわけですね。

関連してるかもしれない記事

Pocket